弱視児の姿勢と視距離

弱視教育の対象となる児童は通常の授業では黒板の文字を見ることができない児童であることを説明しました。

それでは、教科書の字も見えないのでしょうか。

全ての弱視児ではありませんが、比較的視力の良い弱視児には6年生の教科書でもレンズなどがなくて読める児童が少なからずいます。中には新聞や辞書の文字を読めてしまう児童もいます。老視の出てきた先生が見えない文字を弱視児がすらすら読んだという笑い話のような本当の話もあります。なぜでしょう。

実は、弱視児が見るときの顔と本の距離に秘密が隠されています。  普通、「本は30cm離して読みましょう」と指導されます。もちろん、30cm離れると弱視児は小学校低学年向けの教科書の字であっても見ることはできません。しかし、弱視児を見ていると10cmどころか中には鼻をこすりつけるようにして本を読んでいる児童がいます。近づくと見かけ上文字が大きくなりますから、読みやすくなるのです。

近づいてみると近視になって視力低下が起こるのではと心配なさるかも知れませんが、晴眼児が近づいて見る場合と違ってあまり大きな心配はありません。というのは、極端に近づいた場合は、近視の原因といわれている水晶体を使ったピントの調節機能は使わず、虹彩(絞り)を絞り込んで瞳孔(黒目)を小さくしたピンホール効果を利用して見ているからです。人間の目のピント調節機能は、一番短い距離で10cm程度までしかはたらきません。そこで、思いっきり近づいて、ピンホールカメラの原理と同じような方法で見る力を最大限に引き出そうとしているのです。このことは、本来ならば近いと見えにくくなるはずの遠視系の眼疾のある弱視児であっても、本を読むときに5cmの視距離で読んでいることからも推測できます。

もちろん、それぞれの弱視児によって見える文字の大きさや視距離は変わってきます。ある程度離れても小さい字が読める児童もいますし、鼻をこすりつけるようにしても大きな文字しか見えない児童もいるので、その状況は個別にお知らせします。

 弱視児の多くは、経験的に自分の見えやすい視距離を身体で覚えています。近づくという行動は、どんな便利な道具よりも手軽で基本的な拡大の方法です。ですから、本を読んだり文字を書いたりするデスクワークの時には、近づいて見ることを禁止しないようにお願いします。

また、近づいて見る場合には、その姿勢が気になりますが、授業中観察してみると、1時間の中で近づいて読み書きする時間はそれほどありません。どうしても気になるなら、話を聞いたり黒板を見たりするときに姿勢を良くするように注意するのも方法です。

  また、眼疾によってはうつぶせ姿勢が病状を悪化させることもありますし、机にうつぶせの姿勢を長い時間していると弱視児に限らず首筋から肩にかけて疲れてきます。そのような場合は、書見台や書写台(寄りかかっても大丈夫なように頑丈に作られている書見台)、美術室などにある斜面机を利用する方法もあります。 

しかし、この「短い視距離」が学習場面によっては意外な困難さを引き起こす原因になります。このことについては別の機会に譲ります。