『お知らせ・トピックス』のコーナーでは、「今日のできごと」や「おしらせ」、「校長室より」など更新された順に砧中の様子を紹介しております。それぞれの記事をご覧になる場合には、左欄のカテゴリのタグから項目をお選び下さい。

校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.64

私が中学生の時のことである。
当時は健康診断の項目に「色覚検査」があった。
数種類の色のモザイク模様の中から
文字などを読み取らせるという検査。

そして私は毎回この検査で
「異常あり」と診断されていた。
日常生活で不便を感じていなかったにも関わらず。

その年の検査でも模様の中の文字が読めなかった。
検査を担当していた先生は淡々と私に告げた。

      ~異常あり~

それを聞いていた同級生たちを介(かい)して
私の検査結果のことが校内の噂(うわさ)となった。

軽い遊び心からであろうが
何人かの同級生が私の色覚を試すかのように
文房具などを私に見せながら
質問を投げかけるようになった。

「これは何色(なにいろ)に見える?」と。

繰り返される無自覚な悪意に
私は追い込まれていった。

ある日のこと。
他のクラスの生徒が廊下ですれ違いざまに
赤い下敷きを私に見せながら問いかけてきた。
「何色に見える?」

悲しさと悔しさで
私は怒りに震(ふる)えながら彼に言い返した。

「いい加減にしろよ。赤に決まってるだろ!」

その生徒は赤い下敷きをヒラヒラさせながら
「ハズレ、黄色です。」と嘲(あざけ)るように笑った。
自分は冷やかしやからかいの対象となっている、
そう感じた私は耐(た)えきれなくなり
逃げるように教室へと駆け込んだ。


  👓    👓    👓    👓


そんなある日
私は図書室で一冊の本と出会った。
分厚いその本に元々興味があったわけではない。
偶然手に取っていたのだ。

『竜馬がゆく』(司馬遼太郎 作)

読み始めてすぐにこの本の虜(とりこ)となった。
人の噂などものともせず
自分の信じる道を突き進む主人公竜馬の姿に
次第に魅(み)せられていった。

本を読み進めながら
いつしか自分自身に言い聞かせていた。

「他人の言動には振り回されない」


  📘    📘    📘    📘


数ヶ月後、廊下で例の生徒と出くわした。
彼は相変わらず赤い下敷きをヒラヒラとさせながら
同じ質問を私にしてきた。
「何色に見える?」
 
不思議なもので、
その日の私は以前の私とは異なっていた。
悲しさや悔しさといった感情が
湧(わ)いてこないのだ。
それどころか、私に問いかけるその生徒に対して
哀(あわ)れみの気持ちさえ抱(いだ)いていた。

私は静かにその生徒を見つめていた。
しばらく彼は私に同じ質問を繰り返していたが
徐々(じょじょ)に私から目をそらし始めた。
哀れみの眼差しで見つめられていることに
彼の方が耐えきれなくなったのかもしれない。
急に押し黙(だま)ったかと思うと、
逃げるように私の前から立ち去っていった。

一冊の本との出会いが
私の中に大きな変化をもたらせた瞬間だった。
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30