6月30日 全校朝会
- 公開日
- 2014/06/30
- 更新日
- 2014/06/30
今日の出来事
おはようございます。
校門の右がわに、たきぎを背負って本を読みながら歩いている少年の像がありますね。
何という人か知っていますか。二宮金次郎という少年です。 今日は、その二宮金次郎さんについて少しお話します。 なぜ校庭にあるのかなと思った人はいませんか。それは金次郎はたいへん親孝行で、働き者で、よく勉強したので、「子どものお手本」とされてきたからです。先生が通った小学校にもこの二宮金次郎さんの像がありました。
金治郎さんは1787年、今から約220年前に相模の国、か山村の豊かな農家に(今の神奈川県小田原市)に生まれました。金治郎さんが7歳になるころからお家の人が、「農民の子でも学問があれば、おさむらいいあなどられないですむ。しっかりと学問を積んで正しい理屈で、おさむらいにものが言えるようになってもらいたい。」と思い読み書きの手ほどきをはじめました。
金治郎さんは子どものときに、働きながら読んだ本から学んだことを、大人になってから、みんなのくらしのために生かしました。どのように勉強したかというとたとえば、当時は習字のすみも筆も紙も高いので買えません。そこで、手ごろな大きさの木の箱に細かい砂を入れて、「あ」と書いては消し、「い」と書いては消し、文字を覚えていったそうです。 また、朝早くから山にたきぎとりにいき、その行き帰りに声をあげて本(論語など中国の古い書物)を読み続けました。(たきぎをまちに売りに行って、生活費にあてました。)それから、米をつくときには、本を横においてうすのまわりをぐるっと一ぺんまわるたびに1行ずつよみ覚え文章の意味を考えたそうです。このように金治郎さんはとても勤勉、勉強家でした。
道徳の副読本から紹介
像の前に「勤倹力行」という4文字が書かれています。勤労(まじめにいっしょうけんめいはたらく)で倹約(せつやくをしてむだをつくらない)を努力して実行したことでも有名です。
私たちも二宮金次郎さんの考え方や生き方から学ぶことは大きいと思います。帰りに金治郎さんの像を見たときに今日のお話を思い出してください。これでお話を終わります。