校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.25
- 公開日
- 2018/07/22
- 更新日
- 2018/07/23
校長室より
その生徒は飛び上がらんばかりに喜んだ。
英単語テスト10点満点。
5人しかいないクラスメートからの拍手を受けて、
その生徒は涙ぐんで、何度も頭を下げていた。
担任も涙ぐみながら、その生徒に語りかけた。
「Kさん、よかったね。
Kさんの英語、世界中の人が読めるんだよ。」
その生徒、Kさんは80歳近いおばあちゃんである。
英単語テストは5回目にして、やっと満点をとったのだ。
私が以前勤務していた中学校には
夜間学級、いわゆる夜間中学が設置されていた。
私はその授業を教室の後ろで見ていた。
その光景は今も私の胸を熱くする。
当時の私は授業のマンネリ化に陥っていた。
どんなに工夫しても興味を示そうとしない生徒たち。
イライラがつのり、生徒につい声を荒げてしまう。
声を荒げれば荒げるほど、さらに生徒は遠のいていく。
そんな時に、教頭先生から声をかけられた。
夜間中学の授業、一度きちんと見てみれば、と。
同じ学校にありながら、
授業準備や部活動に追われ、
夜間中学の教師や生徒と挨拶こそすれ、
それ以上の関わりを持つことがなかったのだ。
夜間中学には、
戦争の混乱の中、義務教育を修了できなかった高齢者や
日本語を学んでいる外国からの生徒、
そして不登校できちんと中学校を通えなかった生徒などが
18時頃から21時頃まで学んでいる。
Kさんも中学校を卒業できず、
その後、きちんと漢字が書けないことに
コンプレックスを感じていたという。
ある日近所の中学校の前を通りかかった時に、
夜間中学の看板が目に留まり、
勇気を出して職員室を訪ねたと聞いた。
自分の孫ほどの年齢のクラスメートたちと共に学ぶ中で、
学ぶことの楽しさ、助け合うことの大切さを
少しずつ実感していったと話されていた。
半年後、夜間中学の卒業式に参列した。
小さな集会室での卒業式。
答辞はKさんだった。
「漢字もまともに書けなかった私です。
その事で人前に出ることも怖がってました。
でも人生には奇跡ってあるのですね。
あの看板を見かけたことで
私の人生は大きく変わりました。
今では英語も書けるようになりました。
クラスのみんなと歌ったり、体操したり、
絵を描いたり、そして笑いました。
学ぶって素晴らしいと思います。
何かを達成するってとても自信になります。
私の人生の残り時間がどれほどあるかはわかりませんが、
この学校での体験を大切な思い出として、
これからも学び続けたいと思います。」
大きな拍手がKさんを包み込んだ。
私はKさんの凛(りん)とした姿から
改めて「学ぶとは何か」を学ばせていただいた。
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