校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.29
- 公開日
- 2018/08/16
- 更新日
- 2018/08/18
校長室より
就職活動の頃の思い出。
ある食品会社から内定をもらったものの、
悩みに悩んだ末に、
結局断ることにした。
恐る恐る会社の受付で来意を告げた。
しばらくロビーで待っていると
エレベータから初老の紳士が下りてきた。
確か最終面接の時に真ん中に座っていた面接官。
その紳士は何も言わず手招きをして
会社直営のレストランへと私を連れて行った。
「好きなものを注文していいよ」
紳士が私に微笑んだ。
大学生の私にとって、いつもなら有り難い言葉。
しかしその日の会社訪問の目的は、お断りをすること。
注文はしたものの、
俯(うつむ)いたまま紳士の顔を見ることもできなかった。
何を食べたかは憶えていない。
紳士は私が食べ終わるのを待って、ゆっくりと話し始めた。
「君とこうやって出会ったのも何かの縁。
一緒に働くことはできなかったけれど
うちの会社の商品を見るたびに
私と一緒に食事した日の事を思い出してくれると嬉しい。」
気まずさから、頷(うなず)きながらも
一刻も早く退席したい思いで一杯の私。
食事が終わると、紳士は伝票を持って
私に微笑み、颯爽(さっそう)と立ち去って行った。
その後ろ姿が何だか格好良かった。
🍴 🍴 🍴 🍴
今、私はあの時の紳士とほぼ同じ年齢に達している。
果たして若い世代に、職業人としての格好良さを
後ろ姿で示すことができているのか、
自問する毎日である。
紳士の言葉は30年以上経った今でも決して色あせていない。
その証拠に、私はその会社の商品を見るたびに
あの日の紳士との食事を思い出している。