校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.46
- 公開日
- 2018/12/09
- 更新日
- 2019/01/14
校長室より
〜 今も胸の奥に痛みを感じる子どもの頃の思い出 〜
小学生の頃、
僕の近所におじいさんが住んでいた。
70歳はゆうに越えていたろうか。
いつもリヤカーで大きな荷物を運んでいた。
会話を交わしたことは一度もない。
ただおじいさんは僕と目が合うと
いつもニッコリと微笑んでいた。
🍂 🍂 🍂 🍂
その日はおじいさんの家の前に
リヤカーだけがひっそりと置かれていた。
周囲には誰もいない。
僕は好奇心もあって、
以前から一度はやってみたいと思っていた行動に出た。
リヤカーの荷台に乗り、
両足でバランスをとりながら
シーソーのようにギッタンバッタンと上下させたのだ。
楽しくて次第に勢いが増してきた。
次の瞬間、バリッという大きな音がして
僕はバランスを崩した。
見ると、床板部分が大きく割れていた。
僕は慌てて、その場から逃げるように立ち去った。
🍁 🍁 🍁 🍁
数時間後、恐る恐るおじいさんの家の前を通ってみた。
リヤカーの床板部分を修理しているおじいさんの後ろ姿が見えた。
気まずさから足早に通り過ぎようとしたその時、
僕の足音に気づいたおじいさんが後ろを振り返った。
目と目が合った。
僕は喉(のど)の奥がカラカラになり、
言わなければならない一言が出てこない。
ほんの数秒だったと思う。
おじいさんはいつもと同じように
僕に向かってニッコリと微笑んだ。
僕は咄嗟(とっさ)に走り出していた。
🍃 🍃 🍃 🍃
歳月が流れた。
僕は中学生になっていた。
数日前におじいさんの訃報(ふほう)を聞いた。
久しぶりにおじいさんの家の前までやって来た。
あの日以来、おじいさんと顔を合わせられなかったのだ。
おじいさんの姿を見かけると、
いつもわざと遠回りして避けるようになっていた。
家の前に一台のトラックが止まっている。
無造作に積み込まれたリヤカー。
近くに寄ってみると
リヤカーの修理された跡が目に入った。
あの日の後ろ姿、修理している後ろ姿・・・。
おじいさんのニッコリと微笑む姿が思い出され
急に涙が込み上げてきた。
その時になってやっと
僕は伝えられなかった一言を口にした。
「ごめんなさい」