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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.74

公開日
2019/06/22
更新日
2019/06/22

校長室より

大学生の頃、住んでいたのは
三畳一間の下宿の部屋。
テレビもない。
電話もない。
もちろんパソコンやスマホは
存在すらしていなかった。

その狭い空間での数少ない娯楽は
本を読むことと、ラジオを聴くこと。

週末の深夜、ラジオのスイッチを入れ
読みかけの本のページを開く。
ラジオのFM放送から流れてくるのは
音楽番組『JET STREAM』

ポール・モーリアの『蒼いノクターン』の曲に
私は思わず読んでいた本をテーブルに置く。

詩的なナレーションが流れる。
定かではないが・・・
確かこのような内容だった。

 街路樹のマロニエの花が咲く季節
 パリのカフェテラスで私は一冊の本を開く
 シャンゼリゼ通りを家路へと急ぐ人たち
 心地よいそよ風に
 私はふとモンマルトルの丘を眺める

マロニエがどんな花で
シャンゼリゼ通りがどんな通りで
モンマルトルの丘がどんな丘なのか
当時の私は全く知らなかった。

それでも私の瞼(まぶた)の奥には
パリの街並みがありありと浮かんできた。


『JET STREAM』が終わり、
缶ジュースでも買いに行こうと
私は下宿の部屋を出て階下へと向かった。

玄関前の部屋から
『蒼いノクターン』の鼻唄が聞こえてきた。
私と同じように地方から上京して
三畳一間で暮らすM君。
思わず私は微笑んでしまった。


  📻    📻    📻    📻


つい先日のこと。
私は買ったばかりの本を抱えて
近所の珈琲店へと向かった。

本を読み始めてしばらくすると
聞き覚えのある心地よい曲が流れてきた。
それはポール・モーリアの『蒼いノクターン』。

私は本をテーブルに置き、
静かに目を閉じた。

不思議なことに
その日、私の瞼の奥には
パリの街並みは浮かんでこなかった。

そのかわりに浮かんできたのは
あの下宿の三畳一間の部屋。

今はもう駐車場となって
存在すらしない
独り暮らしの部屋の情景であった。