校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.129
- 公開日
- 2020/07/04
- 更新日
- 2020/07/04
校長室より
No.129【しずかなること】
私が教師になって2年目のこと。
全校朝礼での整列役を任された。
朝礼が始まる前に
他の教師より先に体育館へと向かい
ステージ上で号令をかけて
生徒たちを静かにさせる役割だ。
しかし簡単な仕事ではなかった。
「静かにしなさい!」
どれほと声を張り上げても
何度繰り返しても
私語は延々と続くのだ。
中にはニヤニヤ笑いながら
私を無視する生徒までいた。
しばらくすると
生活指導主任の教師がやって来る。
その姿を見た途端、
先ほどまでの騒々しさが嘘のように
生徒たちは急に大人しくなる。
私は全校朝礼のたびに
無力感に打ちのめされていた。
🎤
当時「ニュースステーション」という
報道番組が高い視聴率を誇っていた。
司会はフリーアナウンサーの久米宏さん。
様々なニュースに対して
切り口鋭いコメントが人気を博していた。
私もほぼ毎日、その番組を観ていた。
司会の久米さんが何を言うのかで
ニュースの印象が大きく変わるのだ。
ある日のこと。
汚職事件のニュースが流された。
そのニュースの後、
カメラは久米さんをアップにした。
「何を言うのか?」
私は興味津々でテレビ画面を観る。
しかし、久米さんは何も言わない。
腕組みをしたまま沈黙を続けている。
私は釘付けとなっていた。
その沈黙はとても長く感じた。
そして、久米さんがついに口を開いた。
「次のニュースです」
コメントは無かった。
しかし、コメント以上に
その沈黙は多くを語っていた。
「怒り」という無言のメッセージを。
📺
次の全校朝礼の時。
私はいつものようにステージに上がった。
相変わらず騒々しい生徒たち。
しかしその日、私は心に決めていた。
あえて沈黙を貫き通すと。
黙って生徒たちの方を見つめる。
騒々しさはすぐには収まらない。
私は我慢する。
ここで何かを言うと、いつもと同じだ。
久米宏さんのイメージを頭に浮かべる。
長い時間が流れたように感じた。
ふと気がつくと
生徒たちが私を見ている。
いつの間にか騒々しさが弱まっていた。
お互いつつき合いながら
私を指さしている。
しばらくすると体育館が静かになっていた。
私が何を言うのか
生徒たちが待っているのだ。
私は生徒たちに一言だけ語った。
「次は朝礼です」