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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.142

公開日
2020/10/03
更新日
2020/10/03

校長室より

No.142【先生との雑談】

忘れられない先生との雑談、
それは私が中学3年生の時の
ある放課後のことである。
その日は雨で部活動が中止となり、
何となく教卓の周りに数名の生徒が集り
担任を囲んで好きな映画の話が始まった。

30歳代の担任が語る
これまで観た最もお気に入りの映画の話。
フェデリコ・フェリーニ監督
イタリア映画『道』(1954年公開)。
私が特に憶えているのは
映画のストーリーよりも
先生の熱のこもった話しぶりだった。
彼は目に涙を浮かべながら
この映画の素晴らしさを何度も繰り返した。
そして、最後にこうつぶやいた。
教師として生徒に観せたい映画だと。

🏫

先日TVで放映された映画『道』。
私は初めて鑑賞することになった。
教師という仕事についていながらも
これまで観る機会を持たなかったのは
古い映画が果たして生徒たちの心に
響くのかどうか疑問だったからである。


粗暴な大道芸人の男と
薄幸の娘の旅から旅への生活。
その娘ジェルソミーナは
手荒い仕打ちを受けながらも
貧しさゆえにこの生活を
抜け出すことがどうしてもできない。

懸命に大道芸を覚え
男に従い続けるジェルソミーナ。
その健気(けなげ)な姿に
悲しみは増幅されても
教師として生徒に伝えたいと思う
メッセージがどうしても見当たらない。

救いの見えない物語の中、
私は懸命に探していた。
あの日担任はいったいどの場面を
生徒たちに観せたいと思ったのか?

📽️

映画の終盤でジェルソミーナは
一人の綱渡り芸人と出会う。
ジェルソミーナは綱渡り芸人に嘆(なげ)く、
私は無用な人間だと。
綱渡り芸人は路上の小石を拾い
ジェルソミーナに手渡して言う。

「 この石もきっと何かの役に立ってる、
無用の物などない、
星だって役に立ってる、
君だって。」

ジェルソミーナは小石を見つめて
嬉しそうに微笑む。

きっと誰もが何かの役に立っている、
そこにいてくれるだけで。
このセリフの意味が
映画のラストシーンにつながっていく。
粗暴な大道芸人の男は最後に気づく。
ジェルソミーナが自分にとって
かけがえのない存在であったことを。

40数年の歳月を経て、
私は先生とこの映画について
とことん語り合いたいと思った。