校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.179
- 公開日
- 2021/06/05
- 更新日
- 2021/06/05
校長室より
No.179【笑って許して】
中学生だった私が
先生から怒られた時の話。
それは体育の授業での事。
授業中に私語が多いということで、
生徒全員が先生に整列させられた。
「やる気があるのか!」
30代の男性教師の怒りは
収まりそうにない。
生徒たちの間に緊張感が走る。
その時私は
気づいてはいけないことに
気づいてしまった。
斜め前に立つA君の
肩が小刻みに震えていることに。
泣いているのではない。
笑いをこらえているのだ。
その姿を見た途端、
私にも笑いが込み上げてきた。
絶対に笑ってはいけない場面。
そう思えば思うほど
笑いが止まらないのだ。
そしてついに
恐れていたことが起きた。
先生が私たちに気づいたのだ。
「そこの二人、授業後に残れ!」
恐る恐る見上げた先生の顔が
鬼の形相のように思えた。
⚡
名人と言われた落語家が
以前話していたことがある。
有名な『忠臣蔵』の物語。
ふつう映画やドラマでは
命をかけて主君のあだを討った
赤穂浪士四十七人の
英雄的行為が描かれる。
しかし落語はそうではない。
四十七士に入れなかった者たち、
つまり脱落者こそが主役なのだ。
臆病で逃げ出した者など
人間の弱い面を描くと言う。
弱さは誰にでもある。
だから観客は笑うのだ。
人間だから仕方ないよな、と。
その弱さを笑いながらも
どこかで共感している自分がいる。
だからこそ落語の咄(はなし)は
時代を越えて人々に愛される。
😂
さて、中学生の私に話を戻す。
授業後に体育教官室へと
呼びつけられたA君と私。
恐怖におののく二人の前に
先生が仁王立ちした。
ついに雷が落ちる・・・
そう覚悟した次の瞬間、
先生の口から
思いもよらなかった言葉が
発せられたのである。
「俺にも同じ経験があったよ」
先生は大学の体育会系部活動で
先輩から怒られていた時、
急に笑いが込み上げてきた話を
私たち二人に語り始めた。
そして最後にこう締めくくった。
「人間ってしょうがないよな」
ふと気がつけば
先生も含めた三人で
腹の底から笑い合っていた。