校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.190
- 公開日
- 2021/08/21
- 更新日
- 2021/08/21
校長室より
No.190【心の声を記録する】
2015年にノーベル文学賞を受賞した
アレクシェーヴィチの著作
『戦争は女の顔をしていない』
第二次世界大戦に従軍した
ソ連軍女性兵士の証言を基に
戦争の姿を描いた作品である。
証言した女性兵士は500人を超える。
そしてその証言の一つひとつから
女性兵士が何をどう感じたのかという
感情の記録が綴(つづ)られていく。
戦争の記録とは
これまではどこの戦場で
どれだけの数の兵士が戦い、
いかに勝敗が決したかに
重きが置かれてきた。
しかし戦死者の数は
あくまでも数字でしかなく
兵士が戦場で何を思い、
何を感じたのかといった
個々の内面は記録には残らない。
著者は女性兵士への取材を通して
その心の動きを記録していくことで
戦争の持つもう一つの姿を
丁寧に描き出していく。
ある女性兵士は語る。
不謹慎と思われるかもしれないが
これから前線へと向かうという時、
急にハイヒールが履きたくなったと。
そして思わず店に飛び込んで
ハイヒールを買ったことを
懐かしむように話すのだ。
香水をつけてみたいという思い、
スミレの花を摘んで
銃剣に結わえた時の思いなど
死と隣り合わせでありながら
いや、隣り合わせだからこそ
自然な思いが湧き出してくるのだ。
こういった心の声は
これまでの戦争では
兵士の士気を低下させるとして
否定されてきた。
戦場で求められるのは
勇ましい声なのである。
それでも心の声は存在する。
不謹慎と周囲から思われようが
人が人である限り
決して打ち消すことのできない
ありのままの声なのである。
多くの戦死者を目の当たりにした
ある女性兵士は最後に語る。
これは私が話しているのではない、
私の悲しみが話しているのだと。
👠
2016年に公開された日本映画
『この世界の片隅に』
このアニメ映画の中でも
市井に生きる名もなき人々の
心の声が綴られていく。
空襲に遭遇する主人公すず。
命の危険にさらされながらも
高射砲による着色弾の色を見て、
きれいだと感じてしまう。
「今、ここに絵の具があれば」と思い、
そして慌ててその気持ちを
無かったことにしようとするのだ。
「うちは何を考えてしもうとるんじゃ」
その心の葛藤もまた
伝えるべき大切な声である。