校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.26
- 公開日
- 2018/07/28
- 更新日
- 2018/07/28
校長室より
吾輩は猫である。名前はまだない。
40数年前、東京新宿のある住宅街で生まれた。
吾輩はここで一人の大学生と出会った。
建部ナントカという四国から出てきた学生。
三畳一間の下宿部屋で一人暮らしをしている。
まだ故郷のことを忘れられないのか
部屋では沈みがちの時が多い。
そこで吾輩は元気を出してもらおうと
開いてあった窓から室内に入り、
食べかけの魚を枕元に置いてやった。
しかしこの男、せっかくのご馳走を
ごみの袋に捨ててしまった。
ぜいたくな男である。
寒い朝には布団にくるまって凍えている。
少しは暖めてやろうと布団の上に飛び乗ってやった。
「ひゃあ」と叫んで、吾輩を追っ払った。
失礼な男である。
数年後、この男が下宿を去る日がやって来た。
別れの挨拶と思い、ニャ〜と鳴いてやった。
するとこの男「バイバイ」と手を振って泣いていた。
情けない男だ。
あれから随分と歳月が流れた。
吾輩も今では空の上からこの街を眺めている。
昨年、この場所に『漱石山房記念館』が建った。
ふと見ると男が一人懐かしそうに周囲を見渡しながら
記念館に入ろうとしていた。
なんとあの時の大学生ではないか。
歳月の中で年相応に老けてしまっている。
懐かしいので、当時の姿で男の前に現れてやった。
男はしばらくの間感慨深そうに吾輩を見ていた。
よく見ると目に涙をためている。
相変わらず情けない男だ。
😸 😸 😸 😸
夏目漱石はロンドン留学後、精神に不調をきたす。
帰国後、偶然自宅に入り込んできた黒猫を飼い始める。
この猫とふれあう中で、
精神の不調が少しずつ改善されていったという。
漱石はこの猫をモデルにして、
猫の視点から人間を客観化した小説を執筆した。
『吾輩は猫である』
数年後、猫は息を引きとるが、
漱石は最後まで猫に名前をつけることはなかった。
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