砧中TOPICSメニュー

砧中TOPICS

校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.43

公開日
2018/11/17
更新日
2018/12/03

校長室より

「ネロは不幸なんかじゃない」

私の耳の奥で、涙声のその言葉がこだました。


1991年 ベルギー アントワープ聖母大聖堂。
その時私は有名な2枚の絵画の前に立っていた。
17世紀を代表するバロック画家ルーベンス。
キリストを描いた大作が正面に掲げられている。
この絵の前で一人の少年が天に召された。
その愛犬とともに。

名作アニメとして語り継がれる『フランダースの犬』
主人公の少年の名前がネロである。


  ⛪    ⛪    ⛪    ⛪


1975年 中学生の私。
隣の席の女子生徒が私に話しかけてきた。
「『フランダースの犬』って知ってる?」
私はそのアニメの事を知らなかった。
「何それ?フランダースさんが飼っている犬?」
「違うよ、とてもいいお話だからアニメを観てみて」

次の日曜日の夜から、
私は家族に隠れて一人、家の2階のテレビでそのアニメを観始めた。
中学生になって世界名作アニメ・・・
ちょっと気恥ずかしさがあったのだ。
しかし私は次第にその物語の世界に引き込まれていった。

幼くして両親を亡くし、祖父と二人暮らしのネロ。
ある日飼い主に酷使されていた老犬パトラッシュを助ける。
祖父とパトラッシュ、そして幼なじみのアロアとの楽しい日々。
いつの日かルーベンスのような画家になることを夢見て
牛乳配達をしながら絵を描き続けるネロ。

しかし物語は悲劇へと向かっていく。

大好きな祖父の死
絵画コンクールの落選
さらには放火の濡れ衣を着せられ
牛乳配達の仕事も家も失うネロ。

絶望の中、彼が辿(たど)り着いたのがアントワープ聖母大聖堂。
奇跡的に憧れのルーベンスの絵を見ることができた時、
彼の命の火はまさに燃え尽きようとしていた。

ネロを探して大聖堂にやって来るパトラッシュ。
愛犬を抱きしめながらネロはささやく。

「パトラッシュ、疲れただろう。僕も疲れたんだ。
 何だかとても眠いんだ。パトラッシュ・・・」

それが彼の最期の言葉となった。

天使たちに導かれパトラッシュとともに
天へと昇っていくラストシーン。


休み明けの中学校の教室
私はアニメを紹介してくれた彼女に声をかけた。

「不幸の連続で気が滅入(めい)る話だよな」

その時、彼女は声をつまらせながら
私に向かって叫んだ。

「ネロは不幸なんかじゃない」


  👼    👼    👼    👼


1991年 アントワープ聖母大聖堂。

2枚のルーベンスの絵の神々(こうごう)しさに
私はただ、ただ圧倒されていた。

彼女が言ったとおり
ネロは不幸ではなかったかもしれない、
そう思わせる神々しさだった。

※ 左欄カテゴリの「コラム」欄に
 余録を掲載しました。併せてお読みください。