校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.45
- 公開日
- 2018/12/01
- 更新日
- 2018/12/02
校長室より
東京都葛飾区と千葉県松戸市
その間を流れる江戸川には
今も渡し船がある。
「矢切の渡し」
昭和にタイムスリップしたかのような風情(ふぜい)。
この渡し船に乗って
故郷の葛飾柴又にふらりと戻ってきては
一騒動巻き起こして去っていく
ご存知「フーテンの寅さん」こと車寅次郎。
名優・渥美清が演じた映画『男はつらいよ』。
1969年の第1作から全49作品
その全てがヒットした映画は他に類を見ない。
私には好きなシーンがある。
第12作『私の寅さん』(1973年公開)
寅次郎が小学校時代の音楽の先生の
思い出を語るシーンである。
🍡 🍡 🍡 🍡
小学生の頃から
手に負えない悪童だった寅次郎。
その女性の先生に「キリギリス」とあだ名をつける。
そして音楽の時間、
童謡「背くらべ」の歌詞を替え歌で歌い
先生を冷やかす。
柱のきずは キリギリス (おととしの)
五月五日の キリギリス (せいくらべ)
居残りを命じられ、
夕闇迫る音楽室に一人立たされる。
てっきり怒られるものと覚悟していた寅次郎。
しかし教室に入ってきた先生は
何も言わずピアノの前に座る。
そしてピアノを弾きながら悲しそうに歌い始めた。
柱のきずは キリギリス
五月五日の キリギリス
「俺、悲しくなっちゃってよ」
しみじみと語る寅次郎。
「どうしてあんないい先生に
あんないたずらしちゃったかねぇ」
その音楽の先生は画面には一度も登場しない。
決して声を荒げることなく
悪童の心の中に
確実に何かを刻みつけた
その静かなる振る舞い。
私には少し痩(や)せた女性の悲しそうに歌う情景が
目に浮かんでくるようだった。
渥美清の芸術的なまでの語りは
聴く者に多くのイマジネーションを与える。
昭和は遠くなりにけり。
🌆 🌆 🌆 🌆
2019年、平成が終わりを迎える。
そして第1作から50年にあたるその年に
映画『男はつらいよ』の新作が公開される。
主演は故渥美清。
昭和から時代を越えて
あの寅さんが帰ってくる。
渡し舟に乗って
「ヨォ!」と私たちに手を振りながら。