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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.119

公開日
2020/04/25
更新日
2020/04/25

校長室より

No.119【彼女が泣いた理由】

私が小学校高学年だった頃
毎朝教室で、同級生による
おすすめの本を紹介する時間があった。

ある日、クラスメイトの女の子が
みんなの前で一冊の本を紹介した。
私はそれほど関心も持たずに
ぼんやりとその紹介を聞いていた。

紹介がそろそろ終わりに近づいた時
突然、その女の子が声をつまらせた。
何事が起きたのかと
クラスメイトたちはざわついた。
私も思わず彼女の方を見た。
本の紹介の途中で
彼女が泣き出したのである。
紹介は途中で中断された。

「なぜ泣いたのだろう?」
私は彼女が泣くほどのその本に
急に興味がわいてきた。

📕

ネット全盛の今、
何かを調べようと思うと
すぐにスマホで検索してしまう。
そして、興味を持った事項を
同じワードで繰返し検索していると
そのワードに関連した情報が
次から次へと画面上に表示されてくる。

ネット検索を通じて情報を集め
自分の世界を広げているつもりでも、
実はコントロールされた情報の海の中で
ただ泳いでいるだけなのかもしれない。


脳科学者の中野信子さんによると
自分の知りたい情報だけに触れ、
それに満足していると
脳は老化を早めるそうだ。
自分とは異なる考え方を知り、
普段は体験しない体験をすることが
脳の活性化には重要なのだと言う。

例えば普段は通らない道を歩いてみる。
例えば新しい料理に挑戦してみる。
慣れ親しんだ体験は安心につながる。
しかし、いつもとは違う体験を通じて
脳に一定の負荷をかけることも
私たち人間には必要不可欠らしい。

読書体験も同じ。
今まで興味のなかったテーマの本を
あえて読んでみることで、
これまで想像もしていなかった
新たな世界が開けてくる。

📱

小学校高学年の私。
女の子が紹介した本の内容が
どうしても気にかかり
その日の放課後、図書室へと向かった。

その本…… 背表紙でタイトルを探す。

あった!

本棚の片隅に
探していた本を見つけた。
これまで何度か目にしながら
手に取ることのなかったその本。

『アンクル・トムの小屋』

私は彼女が泣いた理由が知りたくて
その本を借りて家路へと急いだ。


それから数日後のこと。
自宅の部屋で本を読み終えた私は
涙でぐしゃぐしゃになりながら、
その本を閉じたのである。