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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.124

公開日
2020/05/30
更新日
2020/05/31

校長室より

No.124【未来を生きる】

1970年 大阪万博での思い出。

来場者でごった返す万博会場で
8歳の私は迷子になった。
不安と恐怖が私を押しつぶす。
その時、人混みをかき分け
父が駆け寄って来た。
私と目が合う。
怒られるのかと身構える私に
その眼差しは優しく微笑んでいた。

大阪万博の思い出は
今は亡き父との思い出でもある。

🚸

「クレヨンしんちゃん」に涙したのも
そんな遠い日の思い出のせいだろう。
映画『オトナ帝国の逆襲』(2001年)。

ある日突然、秘密組織によって
春日部に住む大人たちが操られ、
心が子供の頃に戻ってしまう。
大人たちは家族や仕事を忘れ、
子供の遊びに熱中する。
しんちゃんをはじめ子供たちは
大人たちを思い出の世界から
現実の世界に引き戻すために
秘密組織との戦いに挑むのだ。

しんちゃんの父、ひろし もまた
子供時代の思い出にとらわれている。
幼き頃の懐かしい匂いに心を奪われ、
大阪万博をイメージした
「20世紀博」へと入り浸(びた)る。
家族と訪れた懐かしいあの場所。
そう、過去は常に美化されている。

そんな父を我に返らせようと
しんちゃんは父の靴を脱がして
その臭いをかがせるのだ。
父がこれまで歩んできた道のり。
来る日も来る日も
家族のために仕事で歩き回り
残業で夜遅く帰宅した後の
靴の臭いに自分を取り戻していく。
その回想シーンに
父ひろしと同世代の私の目も潤む。

👟👟

過ぎ去った日々は決して戻らない。
二度と戻らない日々だからこそ
私たちはつい、すがろうとしてしまう。
社会が変わろうとしている今もまた
「あの頃は良かった」と
過去を振り返り、戻りたくなる。
それでも私たちは
今を、そして未来を
生きていくしかないのだ。

映画の中で
父ひろしが最後に叫ぶ。
「俺は家族と一緒に未来を生きる」と。

今を、そして未来を懸命に生きてこそ
思い出は遠く離れた記憶の彼方から
私たちをそっと見守っていてくれる。

懐かしさとはもしかしたら
そんな遠い過去からの
優しい眼差しなのかもしれない。