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校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.35

公開日
2018/09/22
更新日
2018/09/23

校長室より

一人の年老いた女性が
小さなどら焼き屋を訪れる。

物語は桜の花が咲き誇る季節から始まる。

自分を雇ってほしいと店長に懇願する女性。
一度は断ったものの、
彼女から手渡された餡(あん)の美味しさに
店長はその女性に餡づくりを依頼する。

  🎬    🎬    🎬    🎬

映画『あん』(河瀬直美監督作品 2015年)。

その女性、徳江が作る餡が評判となり、
どら焼き屋には客の行列ができる。

しかし、徳江がハンセン病を患っていたという
心ない噂が次第に広まっていく。  

遠のいていく客足。

良かれと思って、という偽善。
その中に潜む悪意が偏見を助長する。


店を辞めた徳江が暮らすハンセン病療養所を
店長と徳江と心を通わせる中学生ワカナが訪ねる。

二人はそこで
ハンセン病患者が長年にわたり受けてきた
差別の現実を知ることとなる。

「こちらに非はないつもりで生きていても
 世間の無理解に押し潰されてしまう。」

それでも徳江の言葉は決して後ろ向きにはならない。

「何かになれなくても
 私たちには生きる意味があるのよ。」

桜の季節が再び巡ってきた時、
徳江は静かにその生涯を閉じる。

墓を建てることを許されない療養所の住民たち。
彼女の墓標としてソメイヨシノが植えられている。

  🌸    🌸    🌸    🌸

徳江を演じた樹木希林さんが旅立たれた。

彼女の最後の主演作を改めて観賞して
その静かな演技に込めた魂の声を聞いたように思った。

 
原作者のドリアン助川さんが
希林さんとの思い出を語っていた。

この映画の紹介のために招かれた
福島県・会津の山間部の中学校でのこと。

映画の感想が言えずに
固まってしまった女子生徒を
希林さんは抱きしめ、
語りかけたという。

「私も同じだったんだよ。
 ひとこともしゃべれない子だった。
 でも、胸の中には
 たくさんの言葉があるよね。」

女子生徒は無言のまま
うなずいた。