校長室の窓から〜『富岳の眺め』 No.49
- 公開日
- 2018/12/30
- 更新日
- 2018/12/30
校長室より
授業が計画通り進まず、
生徒たちとの関係もうまく築けないまま
教師一年目だった当時の私は2学期を終えた。
待ち遠しかった冬休みに入ったとはいえ、
年明けの学校再開の事を思うと
憂鬱(ゆううつ)さに押し潰されそうな気分であった。
故郷に帰省する気力もないまま、
一人、下宿先で大晦日(おおみそか)を迎えた。
テレビから流される華やかな歌番組も
一人の身には寂しさがつのるばかり。
大都会の片隅で
取り残されたような孤独感を味わいながら
遠くの除夜の鐘を聞いていた。
その時、ノックの音がした。
ドアを開けると
下宿の大家さんであるおばあさんが立っていた。
「今夜、この家に残っているのは私ら老夫婦と
建部さんだけだから、一緒に年越しそばでも食べましょう」
大家さんのお宅に上がり、
年越しそばをご馳走になった。
その美味しさに気持ちが緩(ゆる)み
仕事がうまくいかないと、つい弱音を吐く私。
老夫婦はじっと私の話を聞いてくれた。
私の話を最後まで聞いた後、
おばあさんがこう呟(つぶ)いた。
「自分とは合わないと思う人との出会いこそが
人を成長させるものなのよ」
🍜 🍜 🍜 🍜
自分の部屋に戻った私は
ラジオのスイッチを入れた。
ラジオから流れてきた曲は
中島みゆきの『ホームにて』。
私と同じように故郷に帰らず、
一人で大晦日を迎えた若者からのリクエストだった。
ふと気がつくと
さっきまでの憂鬱さが和らぎ、
3学期、少しだけ頑張れそうな気持ちになっていた。
📻 📻 📻 📻
数日前、当時の下宿先のあった場所を訪ねてみた。
30年以上の歳月を経て、
その場所は駐車場となっていた。
老夫婦とともに年越しそばを食べたあの日。
その日以降、出会った多くの人たちに感謝しながら
私の2018年が暮れようとしている。