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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.62

公開日
2019/03/24
更新日
2019/03/24

校長室より

好き嫌いが分かれる小説だと思う。
『ライ麦畑でつかまえて』(1951年刊行)
(The Catcher in the Rye)

主人公は高校を退学となった16歳の少年ホールデン。
行くあてもなくニューヨークの街をさまよう。
その二日間の出来事が綴(つづ)られる。

小説の中でホールデンの心の叫びが繰り返される。
これでもか、というほどに。
それも大人社会への不満や愚痴の連続。
彼の悪態(あくたい)が小説の中で延々と語られるのだ。
そこまで世の中を否定するホールデンに
読者は次第に嫌気がさしてくるだろう。

しかし悪戦苦闘しながらも
この小説を読み続けていくと、
全く共感できないと思っていたホールデンに
読者は自分と重ね合わせていることにふと気づくだろう。

何をやってもうまくいかない苛立(いらだ)ち
その怒りの矛先(ほこさき)を
自分以外の何者かに向けたくなる心情。

次第にホールデンの背景が明かされていく。
愛する弟アリーを失った悲しみ、
そして、今最も愛する妹フィービーを
何としてでも守りたいと願う兄としての義務感。

妹フィービーがホールデンに問いかける。
「何になりたいの?」

ライ麦畑で遊び回る子どもたち、
その子どもたちが崖から落ちそうになる。
その子どもたちを助けたいんだ。

「ライ麦畑の捕まえ役(Catcher)、
 そういったものに僕はなりたいんだよ。」


  🏃    🏃    🏃    🏃


作者のJ.D.サリンジャー。
彼はこの小説を書く前に第二次世界大戦に従軍した。
そこで数多くの戦友を失っていた。
助けたくても助けられなかった命。
その過酷な体験がこの小説の下敷きにある。

小説のラストシーン。
降りだした雨の中、
ずぶ濡れになりながらも
回転木馬で遊ぶフィービーを見守るホールデン。
憎しみや怒りの感情は見当たらない。
Catcherとしての優しさに溢れたホールデンがそこにいる。


  🎓    🎓    🎓    🎓


砧中学校卒業式での卒業生合唱『あなたへ』。
その歌詞には人間の負の側面が描かれている。

 張り裂けるような悲しみの行き場
 煮えたぎるような憎しみの出口
 時よ、おまえは見てきたのだろう
 憎しみの極みを 戦いの果てを

それでも最後の歌詞にこそ
この合唱曲のテーマがあると思う。

 人生という名の迷路の果てに
 信じ合える喜びと
 悲しみを知った分
 優しくなれる

卒業生たちの熱唱を聴きながら
ふと『ライ麦畑でつかまえて』の小説が心をよぎった。

✳️「コラム」欄に「余録」を掲載しました。