校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.109
- 公開日
- 2020/02/08
- 更新日
- 2020/02/09
校長室より
No.109【上を向いて歩こう】
それはアメリカ・カリフォルニア州にある
小さなラジオ局から始まった。
ラジオから流れてきた歌……
🎵
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す 春の日
ひとりぼっちの夜
🎵
日本語による歌詞の意味が
アメリカ人には理解できないにも関わらず
放送直後からラジオ局には
リスナーからの問い合わせが相次いだ。
1963年、今から57年前の出来事である。
実はこの歌を後押ししたのは
その町に住む日系人たちだった。
太平洋戦争で日本はアメリカと敵対した。
アメリカに住む日系人は
敵国の人間と見なされ、
住む場所や財産を奪われ、
強制的に収容所へと送られた。
日本の敗戦後は片身の狭い生活をしていた日系人。
ラジオから流れてきたその歌詞は
苦難の日々に耐えていた日系人の
その心情に深くしみわたるものだった。
その後、この歌は史上初めて日本語の歌詞のまま
全米音楽チャートの第1位へと駆け上がった。
🌃
「上を向いて歩こう」の歌手、坂本九。
飾らない人柄、人なつこい笑顔。
世代を越えて愛されたタレントである。
しかし私が中高生の頃の印象では
歌手としての活躍よりも
マルチタレントのイメージが強かった。
全米No.1歌手だったことは
随分(ずいぶん)後になって知った。
坂本九もその事を気にしていたという。
1985年、彼は「上を向いて歩こう」の
作詞・作曲を担当した永六輔と中村八大に相談する。
「もういちど歌いたい」と。
その5日後の8月12日、
日本航空123便が群馬県御巣鷹の尾根に墜落し、
乗員乗客520名が帰らぬ人となった。
乗客名簿の中に坂本九の名前があった。
🌉
1995年1月、阪神淡路大震災発生。
2011年3月、東日本大震災発生。
家族を失い、家を失い、
希望を失った被災者の間から
自然に歌声が広がっていった。
かつて苦難の日々に耐えていた
日系人を励ましたように。
🎵
幸せは雲の上に
幸せは空の上に
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら 歩く
ひとりぼっちの夜
🎵
この歌には「私」や「あなた」といった
主語がどこにも出てこない。
だからこそ、それぞれの人の心に
自分自身の歌として響くのかもしれない。
※ NHK BSプレミアム「アナザーストーリーズ」
『「上を向いて歩こう」全米No.1の衝撃』
2020年2月4日放送より