校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.111
- 公開日
- 2020/02/22
- 更新日
- 2020/02/22
校長室より
No.111【ファイト!】
千葉県に成田空港が開港した年。
中学3年の私は高校入試を控えていた。
入試本番の前夜、
私は生まれて初めて
眠れぬ夜を過ごした。
目が冴(さ)えて全く眠れない。
試験の事を考えると万全の体調でいたい。
しかし、眠れないのだ!!
気持ちばかりが焦り、何度も時計を見る。
2時……3時……4時……
ダメだ!もうこのまま起きるしかない。
時計を見ると朝の5時半。
起き上がって顔を洗う。
急に不安にかられた。
試験中に睡魔が襲ってきたら・・。
試験前のプレッシャーと不安感から
そのまま洗面台の前にしゃがみこんだ。
「豊、どうしたん?」
早起きの祖母が私を心配して声をかけてきた。
「ばあちゃん、入試だめかも」つい弱音を吐く。
一晩中眠れなかった事を祖母に話した。
そんな私に明治生まれの祖母は平然と言った。
「戦時中は空襲警報が鳴ると徹夜は当たり前。
それでも翌日も生きていかなならん。
2、3日寝ないくらい人間なんとかなるんよ。」
不思議となんとかなりそうな気持ちが湧いてきた。
朝食をとり、カバンを持ち、家を出る。
私は自分に向かって励ますように言った。
「ファイト!」
👜
元号が昭和から平成に変わった年。
教師となった私は初めて3年担任を受け持った。
卒業間近の3月半ばとなっても
担任する学級では
まだ二人の生徒の進路が決まっていなかった。
卒業式に向けて学年の機運が盛り上がる中、
その二人の生徒のことを考えると
周りの雰囲気に馴染めない私がいた。
二人の生徒が二次試験に臨んだその日、
私の様子を察したのか、
何人かの生徒が私のもとへとやって来た。
一人の生徒が私にカセットテープを差し出した。
「これ、聞いてみて」
タイトルは何も書かれていない。
「何の曲?」尋ねる私。
「今日受験している二人の事が気になるんでしょ?」
言い当てられた私は素直にうなずいた。
「後で聞いてみて」ニッコリと微笑む生徒。
私がカセットテープを受け取ると
生徒たちがガッツポーズしながら言った。
「ファイト!」
職員室に戻り、
ラジカセにカセットテープを入れ、
ゆっくりと再生ボタンを押す。
流れてきた曲を聞きながら
私は胸が熱くなった。
流れてきた曲、それは
中島みゆきの『ファイト!』だった。