校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.118
- 公開日
- 2020/04/18
- 更新日
- 2020/04/25
校長室より
No.118【それは誰のせい?】
私が中学生の頃、
ある迷信に怯(おび)えた時期があった。
きっかけは些細な出来事だった。
登校途中、私の前を
一匹の黒猫が通り過ぎたのだ。
その時、以前何かの雑誌で読んだ
迷信に関する記事が頭をよぎった。
西洋では黒猫が目の前を横切ると
不吉な事が起きる前兆であると。
そして、まさにその日
授業で返された数学のテストが
予想に反してひどい点数だったのだ。
私の中で二つの出来事が結びついた。
それ以降、登校時に黒猫を見かけると
〜 今日は何か不吉な事が起きる 〜
そう信じ込むようになっていった。
この西洋の迷信の由来は
今から400年前に遡(さかのぼ)る。
ヨーロッパで災害や凶作、
そして伝染病などの社会不安が広がると
悪魔に魂を売った魔女が原因とされた。
隣人の密告などで魔女とされた無実の人は
拷問によって強制的に魔女だと自白させられ、
火あぶりなどで処刑されていった。
犠牲者の数は6万人とも言われる。
そして黒猫はその魔女の使いとして
一部の地域では不吉な動物とされてきた。
災害や凶作、伝染病と
魔女や黒猫の間には何の因果関係もない。
しかし、社会不安などにより
心理的にも余裕がなくなってくると
人間は非科学的ものでも信じようとする。
何かのせいにすることで
一時的に自分を安心させようとするのだ。
中学生の私が自分の努力不足を
黒猫が横切ったせいにしたように。
🐱
実は日本では江戸時代から
黒猫は「あんこ猫」と呼ばれ、
幸せを招く動物として
大切にされてきた歴史がある。
残念ながら私は
自分の住む国よりも
西洋の迷信の方を信じたようだ。
明治の文豪、夏目漱石。
ある日、漱石の自宅に
一匹の黒猫が迷い込んできた。
黒猫はそのまま家に居着き、
家族もその黒猫を可愛がった。
漱石はその黒猫を題材に小説を書く。
名作『吾輩は猫である』の誕生である。
漱石も家族も、
黒猫が亡くなるまで大切に育て
亡くなってからもその墓には
好物の鮭の切り身を供え続けたと言う。
名前はまだ無い、その黒猫の言葉から。
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人間というものは
自分で勝手に想像して
自分で勝手に苦しんでいる者たちだ。
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(現代語訳)