校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.122
- 公開日
- 2020/05/15
- 更新日
- 2020/05/15
校長室より
No.122【人生最良の映画とは?】
子どもの頃、暇さえあれば通った
駅裏に立っていた古い映画館。
満席になった記憶は一度もない。
時には観客は私一人のことも。
それでも寂しいとは思わなかった。
誰憚(だれはばか)ることなく、
笑って泣けるから。
暗幕をくぐり、客席へと入る。
館内の照明が落とされ、
私は別世界へと誘(いざな)われる。
何度も想像を巡らせた。
あの光線が放たれている
映写室はどんな場所なんだろうと。
📽️
原田マハさんの小説
『キネマの神様』を読んだ。
多くの映画館が休業となり、
自宅で映画を観るようになった。
そんな今だからこそ
この小説は私の心を揺さぶった。
魅力的な登場人物たち。
それぞれが筋金入りの映画ファン。
特に主人公のゴウは
齢(よわい)80歳にして
ギャンブル好きで借金まみれ。
家族からも見放されかかっている。
それでも人一倍の映画への愛情が
その後の奇跡を呼び起こすことになる。
この小説は映画化され
今年12月に公開予定だった。
主人公ゴウには志村けんさん
…… のはずだった。
改めて胸が痛む。
小説を読み進めながら
子どもの頃に通った
あの駅裏の古びた映画館が
私の心を過(よぎ)っていた。
今はもう駐車場になっている
あの映画館の数々の情景が。
消えゆく町の小さな映画館。
それでも、あの日あの場所で
笑い、涙した映画の思い出は
消えることのない心の中の宝物。
小説の終盤に紹介される
映画を愛するキネマの神様たちが
全員一致で認めることとなった
「人生最良の映画」とは…… ?
神様たちの足元にも及ばない私でさえ
小説の読後にはその選択に納得した。
まさにその映画こそ
「人生最良の映画」だと。
このコラムを読みながら
その映画のタイトルに
既にお気づきのあなたもまた
"キネマの神様” の一人かもしれない。