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校長室の窓から〜『富岳の眺め』No.134

公開日
2020/08/09
更新日
2020/08/09

校長室より

No.134【静かなる証言者たち】

先月末、ナチスドイツの残虐行為に対して
一人の男性が有罪判決を受けた。
93歳の元強制収容所の看守。
当時はまだ17歳の若者だった。
自ら志願した看守の仕事ではなかった。
しかし5千人を超える収容者殺害に関わって
看守として殺害の手伝いをした、
その行為が有罪となったのだ。
果たして当時17歳の若者が
上からの命令に抵抗できたであろうか?

「看守の仕事から逃げられなかった」
無罪を主張していたその男性は
被告席で車椅子に座わったまま、
静かに有罪判決を聞いていたという。

🇩🇪

阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件で
社会が騒然とした1995年夏、
私はあるフランス映画と出会った。

『SHOAH(ショア)』
タイトルは“絶滅”を意味する。

ナチスドイツの強制収容所。
生き延びたユダヤ人
強制収容所で働いていた人々、
そして収容所近くに住む農民など
当時を知る人々の証言のみで構成された
9時間半に及ぶドキュメンタリー映画である。

当時を知る人々の証言を集めることで
忘れ去られる歴史を未来へとつなぐ、
監督の強い思いが映画から伝わってきた。

映画はドラマチックでもなければ
感動的なシーンもない。
ただ淡々と証言が繰り返される。
そしてその証言のほとんどが
雄弁に語られるものではない。
証言者たちは多くを語らない。
映画を観る私たちは
証言者の言葉だけではなく、
表情や動作からも
想像を絶する当時の記憶をたどるのだ。

沈黙が多い証言の中で
時折語られる言葉は、
まさに証言者の内側から
にじみ出てくる歴史の重みがある。

その中の証言の一つ。
強制収容所近くに住んでいた農民、
つまりユダヤ人強制連行を
傍観していた男性の言葉である。

映画監督が彼に質問する。
「目の前でこんな事が行われている間、
あなたは日常生活を続けていたのですか?」

農民は「もちろん」と答える。
そして続けてこう語ったのだ。

「あなたが指を切ったって、
私が痛い思いをするわけじゃない」


証言者たちの長い沈黙と
時折語られる言葉に向き合いながら
9時間半にもわたるその映像から
私は目をそらすことができなかった。