子どもたちの発見能力!
- 公開日
- 2026/02/17
- 更新日
- 2026/02/17
校長室より
写真を見比べて
3年生の教室では、社会の学習中。今の学習指導要領になってから内容がマイナーチェンジされた「昔」の学習です。以前は、生活で使う道具の変遷とくらしを中心に学習していましたが、現在は、区の移り変わりを中心とした学習になっています。
今日の学習で取り上げていたのは「二子玉川」付近。大正時代と現在の写真を比較して、その変化について考えていました。子どもたちは、細かいところまで写真をよく見て、今と違うところ、似ているところをたくさん見つけていました。
子どもたちにとっては、大正時代の二子玉川は別世界のような風景。とはいえ、全てが変わったかといえば、痕跡も残っています。変わっていないものとして「線路の位置」と答えた子がいました。現在の田園都市線はかつて新玉川線と呼ばれ、さらに辿ると今日子どもたちが見ていた写真のような路面電車でした。駒沢大学駅から先、桜新町、用賀と現在の国道246号線から外れているのはその名残。田園都市線の上の道がかつての大山街道。そしてそのまま瀬田交差点を二子玉川に向かって斜め左に逸れて行く道が、かつての路面電車の線路跡、そのまま道を進んでいくと田園都市線が真下からトンネルで出てきます。まさに、子どもたちが発見したように線路の位置は変わっていません。また、かつて二子玉川から砧本村に向けて支線がありましたが、その線路跡の名残が今も柵として残っています。田園都市線で二子玉川駅を出て用賀に向かうとき、車窓左手に柵が見えます。ちなみに一時期、現在の田園都市線の多摩川の鉄橋ができる前は、電車が車と一緒に現在の二子橋を渡っていました。検索すれば画像が出てきます。興味がある方は検索してみてください。
都市化した世田谷区。しかし、よーく見てみると昔の痕跡があちこちに残っています。時には昔の痕跡探しも面白いですよ。